Richard Ingham - Language Transmission

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文法の変化を通じて言語の伝達を追跡する

語順と意味

言語は意味的内容を表現するために使う手段によって異なる。これを行うために語順を使わない、いわゆる「自由語順言語」もあるが、たいていの言語は何らかの形で語順を使う。英語のような言語は、主語と目的語のような文法的関係を表現するために、文の中で語順を規則的に使う。これは誰が何を誰にした、という基本的意味概念に関係している。例えば「犬は猫を追いかけた」(The dog chased the cat.)という文は、「猫は犬を追いかけた」(The cat chased the dog.)という文と同じ単語を含んでいるが、同じことを意味しない。誰が動作の動作主なのかを示すのは、猫と犬の相対的順序である。

 

  

語順の変化

語順は時を経てもかなり安定しているので、変化する時はなおいっそう面白くなる。語順の変化は言語の構造に大きな意味を持っている。古英語(Old English)の語順は、現代英語の語順とは非常に異なっていた。古英語の語順は今日のドイツ語やオランダ語のような言語に似ていた。ラテン語は決まった語順がなかったが、動詞を文末の位置に置く傾向があった。フランス語、イタリア語、およびその他のロマンス言語は、一般的にラテン語から派生したが、動詞は文末の位置には来ない。ロマンス言語の語彙はたいていラテン語が語源だが、構造的にはラテン語とはかなり異なっている。構造の変化の影響は遠大であり、一般的にその言語のあらゆる文に影響を与えている。では語順はなぜ変化するのだろう。文法的関係が規則的になるように、語順を固定する方向にだけ変化するのだろうか。

 

 

変化する否定

標準現代英語では多重否定は避けるが、昔はチョーサーのような作家においても、多重否定は普通であり、非難されることはなかった。「誰もそれについて何も言わなかった」(None of the men said anything about it. )のような文は、近代以前の英語では(None of the men said nothing about it.)のように表現されていた。つまりチョーサーの時代と我々の時代との間に、言語の規範が変化したのである。これは書き言葉の標準化とそれを学校で教えることによってもたらされた変化に過ぎないのだろうか。それともこれは子どもが家で言語を習得するように、「自然に」起こった変化なのだろうか。否定に関しては、言語習得中の子どもは親の言葉を模倣するようである。親が標準英語を話せば、子どもは多重否定を避けるが、親が多重否定のある非標準英語を話せば、学校教育によってその子どもの英語から多重否定が取り除かれない限り、子どもも多重否定のある英語を話すだろう。しかし教育者のような支配的な社会集団によって行われる「トップダウン」の変化と、このような社会的圧力なしに起こる変化とを区別するのはそう簡単ではない。

 

 

言語変化のパラドックス

「自然な」変化という概念に関して、言語の構造的変化の概念そのものにも、非常に興味をそそる問題がある。幼児言語習得研究は、概して幼児の言語習得中、語順の間違いが非常に少ないということを示している。単語選択および活用語尾は間違うが、親または保育者を密接に模倣しているように見える、統語レベルの間違いは非常に稀である。しかしやはり同じ言語習得研究によれば、統語レベルの規則は子ども時代の習得の「臨界期」中に植えつけられるようである。それゆえ基本的統語パターンに関して、幼児が単に親の例に従うのであれば(流行語等においてはそうではないが)、このパターンは世代間にわたって一体どのように修正されるのだろうか。語順が常に同じに保たれたのはなぜだろうか。これが言語変化のパラドックスである。

 

 

 

私の研究は文法の伝達が意味するものを考察し、長期的な統語レベルの変化が見られる二つの領域、語順の変化および否定の変化を探究するものである。  

 

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